費用便益分析とは、ある意思決定がもたらす経済的便益と、それを追求する価値があるかどうかを判断する際に役立つプロセスです。特に、チームやプロジェクトの成功に影響を与えるような大きな決断を迫られたときや、意思決定プロセスにおけるバイアス (偏見) を避けたい際に有効なツールです。一見難しそうに見える費用便益分析ですが、この記事では、具体的な 5 つのステップを交えて、わかりやすく解説します。
1848年、Jules Dupuit 氏というフランス人技師が橋の建設に携わっていました。独学で経済学を学んだ Dupuit 氏は、「建設費と維持管理費をまかなうために、政府は通行料をいくら取ればいいのか」の決定に関わる論文を公表しました。単純な決断のように思えるかもしれません。しかし、Dupuit 氏は、この橋がもたらす社会的便益を差し引いた上で、純費用を考えるという、それまで誰も考えつかなかったことをやったのです。
橋の社会的便益を計算するのは複雑そうに見えますが、Dupuit 氏にとってはそうではありませんでした。彼は、人々が橋の通行料にいくら支払ってもよいと思うかを測定し、洗練された計算を行い、橋の費用と便益の両方を考慮した通行料額を提案したのです。
これが費用便益分析の原点です。現在では、プロセスが更新され、橋の通行料を計算するためというより、ある意思決定が経済的に可能かどうかを判断するために使われています。しかし、意思決定において費用と便益が重要であることに変わりはありません。
費用便益分析 (便益費用分析、CBA) は、どの行動が実行に移す価値があるかを選択する際に役立つ意思決定ツールです。問題を定量的に把握できるため、意見や偏見ではなく、証拠に基づいて意思決定できます。
分析では、意思決定に伴う費用と便益に金銭的価値を与え、便益から費用を差し引いて純便益を求めます。これにより、その意思決定がもたらす経済的便益の全体像や経済的妥当性を推定し、それが実行に移すに値するアイデアかどうかを判断できます。
記事: 意思決定プロセスを構成する 7 つの重要なステップ費用便益分析は、特定の行動を取るかどうかを決定する場合に最も効果的です。また、意思決定において、経済的費用と便益が明確な場合にも有効です。たとえば、新しいプロジェクトの実現可能性を判断するために費用便益分析を行うことは、新規採用者がチームに適しているかどうかを評価するよりも簡単です。それは、新人の経験や仕事における可能性に、具体的な経済的費用と便益を割り当てることが難しいからです。
このタイプの経済分析は、完了までに時間がかかるため、チームやプロジェクトの成功に影響する重大な決断を迫られたときに利用するとよいでしょう。小規模な意思決定や、それほど複雑でない意思決定には、意思決定マトリクスのようなシンプルなプロセスを使用してみてください。
以下に、費用便益分析が役に立つ場面をいくつかご紹介します。
新しいビジネス戦略を立てる場合
リソース配分や購入を決定するとき
新規プロジェクトの推進の可否を決定するとき
投資機会を比較する場合
新しい会社方針の潜在的な影響や望ましさを測定する場合
会社の構造またはプロセスの変更案を評価するとき
費用便益分析の作成は、一見難しそうに見えるかもしれません。ここでは、その方法を具体的な 5 つのステップに分けて、わかりやすくご紹介します。一度ステップを踏んだら、プロジェクトやチームのニーズに合わせて、これらのステップをカスタマイズできます。
まず、分析の目標、現状、分析内容の範囲を示すフレームワークを作成します。
フレームワークには、次の要素が必要です。
費用便益分析を成功させるには、まずわかりやすい質問が必要です。質問は、できるだけ具体的に書くと効果的です。たとえば、「ユーザーの定着率を上げるためにどのような製品を改善すべきか」といった広範な質問よりも、「モバイルアプリを改善すべきか」という質問の方が答えやすいでしょう。
概要は、分析の背景情報となります。概要を作成することで、それが分析の出発点となり、関係者全員が、あなたの意図や、変更を検討する理由を理解できるようになります。概要に含めるべき内容は次のとおりです。
背景: 現状に関する簡単な説明。
現在のパフォーマンス: 現状がどうなっているかを示す定量的なデータ。
機会: 現状から改善できる点。
現状での今後のパフォーマンスの予測: 変化がない場合、今後どうなるかを予測する定量的なデータ。
現状維持のリスク: 変化がない場合、うまくいかないかもしれないこと。
たとえば、モバイルアプリを一新するかどうかを決めようとしているとします。その場合の概要は次のようになります。
背景: モバイルアプリとウェブアプリがある。
現在のパフォーマンス: モバイルアプリのユーザー数は 10 万人、ウェブアプリのユーザー数は 40 万人。
機会: ウェブアプリは使うが、モバイルアプリは使わないというユーザーが 30 万人いる。
現状での今後のパフォーマンスの予測: 当社のウェブアプリの導入数は前年比 50% 増。今後もこの状態が続き、1 年後にはユーザー数が 60 万人になっていると予測している。一方、モバイルアプリは前年同期比 10% 増。これは今後も継続し、1 年後のユーザー数は 11 万人になると予測している。
現状維持のリスク: モバイルアプリの導入が進まないということは、ユーザーの柔軟性が低いままであることを示している。優れたモバイルアプリを持つ競合他社がこのカテゴリを独占する可能性がある一方で、自社ブランドはモバイル使用体験が劣ると悪評が立つ可能性がある。効果的なモバイルアプリがなければ、アプリの潜在利用者の多くを獲得できない。
最後に、フレームワークには、費用便益分析の範囲を含める必要があります。プロジェクトスコープと同様に、これは分析の境界線を定義し、計算で考慮する情報の種類や考慮しないものを示します。一般的に、スコープには以下が含まれます。
潜在的な費用と期待される便益を見積もる期間。たとえば、予測を 1 年後に限定することも可能です。
含める、または除外する費用と便益の種類。たとえば、人件費とリソースは含めるが、機会費用は含めないということも可能です。
費用と便益の測定方法。たとえば、人件費やリソースなどの有形費用を測定するためにドル値を割り当て、ブランド認知度などの無形費用や間接的便益を測定するために重要業績評価指標 (KPI) を割り当てられます。
次に、意思決定に伴う費用と便益をすべてリストアップします。このステップでは、関係者と協力し、彼らの専門知識を活用することをおすすめします。たとえば、IT チームは、新しいソフトウェアの費用を高い精度で見積もれるでしょう。意思決定は、提案された行動を達成するために行うプロジェクトのようなものです。材料や労働力など、どのようなリソースが必要なのか、また、収益の増加など、その意思決定がどのような結果をもたらすのかを特定しましょう。
費用と便益をリストアップしたら、以下のカテゴリに分類します。そして次のステップでは、これらの項目のそれぞれについて、金額を見積もります。
直接費: 製品、サービス、またはプロジェクトの生産に関連する費用のことです。これには通常、提案されたアクションを実行するために必要な材料、機器、および労働力が含まれます。たとえば、モバイルアプリの改良にかかる直接費には、製品チームの作業時間、ユーザーテスト会社との契約、開発ソフトウェアの購入費などが含まれます。
間接費: 生産に直接関係しない固定費のことを指します。これには、貸借料や光熱費、交通費など、事業を運営するために必要な継続的な経費が含まれます。たとえば、新しいモバイルアプリを開発するための間接費として、リモートで働く開発チームのためのインターネット接続や、新しい開発ソフトウェアやコラボレーションソフトウェアのサブスクリプション料が考えられます。
無形費用: ブランド認知や顧客満足度への影響など、金額で表せない費用のことです。また、ある決断をする代わりに、別の決断をすることで失われる機会損失も含まれる場合があります。たとえば、アプリ開発プロジェクトでは、デスクトップユーザーの満足度低下という無形費用を含められます。これは、デスクトップアプリを制作する代わりに、モバイルアプリをアップグレードすることにしたため、機会費用となります。
潜在的なリスクに対する費用: 予期せぬ問題に関連する費用を指します。言い換えれば、不測の事態でプロジェクトに問題が発生した場合、何にお金をかける必要があるかということです。データセキュリティの侵害、スケジュールの遅延、予定外の作業など、プロジェクトのリスク登録簿に含まれるような障害を考えてみてください。たとえば、モバイルアプリのプロジェクトでは、予定外の作業に対する残業代、データセキュリティチームが予期せぬアプリのプライバシー問題を解決するために必要な作業時間、スケジュールの遅れに対処するために支払う特急料金などが、潜在的な費用に含まれる可能性があります。
直接費、間接費などの有形費用をリストアップする場合は、プロジェクト予算を作成するときと同じプロセスで行います。決定したことを達成するために必要なすべてのタスクを考え、各成果物に必要なリソースをリストアップします。無形費用については、もう少しクリエイティブな発想が必要です。もし行き詰まったら、過去に完成した類似のプロジェクトを見て、どのような影響を与えたのかを確認しましょう。
直接的便益: プロジェクトで得られる収益のように、通貨価値で測定できる便益のことです。たとえば、モバイルアプリの新規契約による収益などが挙げられます。
間接的便益: 実感できるが、通貨価値では測れない便益を指します。たとえば、顧客満足度の向上やブランド認知度の向上などが挙げられます。
次に、リストアップされた各費用と便益の価値を見積もります。これは、直接費、間接費、直接的便益のように、具体的な金額を割り当てられる有形のカテゴリでは最もわかりやすい方法です。無形費用や間接的便益など、無形のカテゴリについては、金額ではなく KPI を割り当てます。たとえば、顧客満足度を測るには、サービスの利用を中止した顧客の割合を示す解約率を追跡できます。可能であれば、費用と便益の両方に同じ KPI を使用すると、後で簡単に比較できます。
未来を予測することはできないので、最終的には算出されるのは推定値に過ぎません。できるだけ正確に計算するために、過去に完成した同様のプロジェクトの費用と便益を比較してみてください。過去のプロジェクトは、過去のデータや教訓を集めた宝の山のようなものです。過去の費用や便益の現実的な経済価値や、見落としていた項目や状況などを確認するのに役立ちます。プロジェクト管理ツールを使えば、このステップを簡単に行えます。すべてのプロジェクト情報とコミュニケーションが一か所に集まっているため、過去のプロジェクトを簡単に確認できるのです。
それでは、いよいよ実際に費用と便益を分析しましょう。その前に、重要な用語をご紹介します。
総費用: すべての費用の合計。
総便益: すべての便益の合計。
純費用便益: 便益の合計から費用の合計を差し引いたもの。純便益とも呼ばれます。
正味現在価値 (NPV): キャッシュインフローの現在価値とキャッシュアウトフローの現在価値の差を、一定期間にわたり調べたものです。正味現在価値は、純費用便益が一定期間内にどのように変化するかを含む指標なので、よりダイナミックな測定方法と言えます。割引現在価値とも呼ばれます。
便益費用比: 一定期間の費用と便益の関係を総合的に表すものです。基本的には、提案された総便益額を提案された総費用で割ったものですが、よりダイナミックに計算するために、プロジェクトの計画期間中の費用と便益の正味現在価値を計算します。便益費用比が 1 以上であれば、便益が費用を上回っていることを意味します。
割引率: 費用と便益の価値が長期にわたってどのように変化するかを推定するために使用されます。その例としては、インフレによってどのように影響されるかが挙げられます。つまり、割引率とは、将来発生する費用と便益を現在価値に換算するために適用する金利のことです。現在価値に換算することで、その費用や便益が現在どれくらいの価値になるのか、より正確に見積もれるのです。
感度分析: 不確実性が意思決定、費用、便益にどのような影響を与えるかを判断します。たとえば、意思決定において、感度分析を用いて、最悪のシナリオと最良のシナリオを比較できます。最悪のシナリオで費用が便益を上回った場合、そのリスクを軽減するための戦略を検討できます。
複雑な用語がたくさん出てきますが、頭を抱える必要はありません。正味現在価値、便益費用比、割引率、感度分析など、複雑な計算を含めたくないのであれば、省いてしまってもかまいません。その場合、単純に純費用便益を計算すればよいのです。
KPI を使って無形費用と間接的便益を測定した場合、それらを金銭的価値とは別に比較できます。ここでは、KPI の分析に使える 2 つのアプローチをご紹介します。
費用と便益に同じ KPI を使った場合、便益から費用を引いて純便益を計算できます。たとえば、デスクトップアプリに注力しないことで解約率が 5% 上昇し、新しいモバイルアプリによって解約率が 20% 減少すると見積もった場合、解約率は正味 15% 減少することになります。
費用と便益の KPI が異なる場合は、それぞれを現状と比較できます。たとえば、予測されるアプリの解約率と現在の解約率を比較し、予測されるアプリの定着率と現在の定着率を比較できます。これにより、これらの費用と便益の大きさを把握できます。しかし、最終的には、それぞれの KPI をどの程度重視するか、主観的な判断を下す必要があります。そのため、より正確に費用と便益を比較するためには、同じ指標を使用したほうがよいでしょう。
費用便益分析が終わったので、次に提案を行いましょう。ここでは、意思決定を役立つ要素をいくつかご紹介します。
純費用便益がプラスであれば、そのプロジェクトの便益が費用を上回ることを意味します。ただし、純費用便益の大きさを考慮することが重要で、小さすぎる場合は、かけた労力に対してあまり便益を得られていない可能性があります。その場合は、別の選択肢を検討したほうがよいでしょう。
費用対効果がマイナスの場合、プロジェクトの費用が便益を上回っていることを意味します。この場合、最も大きな費用の要因は何かを考えてみるとよいでしょう。別のアプローチを活用して、余分な費用を軽減できるかもしれません。
KPI を使用して無形の費用と便益を測定した場合、純費用便益に加えて、それらを考慮する必要があります。たとえば、純費用便益が比較的小さくても、解約率が大幅に減少すると算出された場合、モバイルアプリのプロジェクトは実施する価値があると考えられます。
費用便益分析は、データに基づく意思決定に役立つツールです。しかし、他の見積もり手法と同様に、決して完璧なものではありません。費用便益分析を用いるか、それとも別の意思決定プロセスを用いるかを決定する際には、以下のような制約があることを留意しましょう。
収益やキャッシュフローは、市場環境の変化により、予測不可能な動きをする可能性があります。
プロジェクトや意思決定における費用や便益を直接的に金銭に換算できない場合があります。
KPI を使用して無形の費用や便益を測定する場合、価値は主観的なものになります。
すべての潜在的なリスクを正確に予測するのが、難しい場合もあります。
費用便益分析を行うには、かなりの時間を要します。
費用便益分析が自分の特定の状況に適していないと判断した場合、代わりに意思決定マトリクスまたは決定木分析を作成することを検討するのも一考です。
費用便益分析は、データを使って最適な意思決定をするのに役立ちます。つまり、コインを投げて決めるのではなく、自信を持って選択できるようになるのです。
費用便益分析の作成は、それ自体がプロジェクトのように思えるかもしれません。特に、複数の関係者と協力して仕事を進める場合はなおさらです。そのような場合は、プロジェクト管理ツールを使って作業を調整することをおすすめします。Asana を使えば、タスクの作成と割り当て、作業の整理ができ、仕事をする場所で関係者と直接コミュニケーションをとれます。また、費用便益分析プロジェクト全体を綿密に作成し、将来、利用できるように、テンプレートとして保存しておくことも可能です。
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